一次史料を活用した展示室

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(付録)会津藩時代の事蹟年表

会津藩諸士系譜に記録された会津藩時代石黒家八代の事蹟を、年表として整理しました。初代石黒八右衛門範良は仕官以前の事蹟も諸士系譜に記録されているので、生誕時から年表としています。  年表にしたことで、各代が残した事蹟が何歳の時、どのような社会...
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石黒家系譜原典印影

左 会津藩諸士系譜正本    右 石黒家家伝控え石黒家系譜原典陰影について 半世紀ほど前、石黒家には、先祖が会津藩士であったという口伝と、「系譜」と記された一冊の文書が伝わっていました。その後、この系譜が会津藩編纂の『会津藩諸士系譜』に収録...
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越中木舟城時代

越中木舟城時代の概要 石黒一族は、戦国時代末期・安土桃山時代に「越中木舟城主」として歴史記録に登場します。その場所は木舟城跡として地図上に登録されているので確認します。 木舟城跡は、越中国(富山県)西部穀倉地帯の米を小矢部川水運で伏木に運び...
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七代洪範から八代範親

時代と一族の概要  文政6年(1823)に発刊された 会津藩家世実紀以後、幕末戊辰戦争敗北(1868年)までの45年間を概観します。 天保の大飢饉から天保の改革、黒船来航、日米和親条約、”尊王攘夷”が暴威を振るう激動の中、藩主容保の京都守護...
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二代教隆から五代孝和

時代と一族の概要 寛文9年(1669 二代教隆が 19歳で 出仕してから、安永6年(1777)五代 十右衛門孝和が49歳で、死去するまでの308年間は、江戸幕府が成立した戦の無い平穏な時代でした。藩は財政難を倹約と殖産興業で克服していきます...
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会津藩時代

会津藩時代の一族の概要 寛永20年(1643)会津若松に御所替になり会津藩が成立してから、明治1年(1868)戊辰戦争敗北・鶴ヶ城開城・廃藩まで、225年・八代にわたって、石黒家は会津藩士として生きてきました。役職の変遷や俸禄の増減・住まい...
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六代 行蔵良言(虎三郎)

良言の人物概要  良言=虎三郎は養母の失踪事件という家族が起こした不祥事によって家督と役職を失いながらも、諸国遍歴の末に養母を探し出して帰藩、その後の誠実な奉公によって石黒家の名誉回復に努めた人物です。 自家に不利益な出来事を漏らす事なく記...
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初代 八右衛門範良

石黒八右衛門範良の生涯 尾張生れ-新規御知行-駿河藩書院番-浪人-会津藩 初代八右衛門範良は、尾張藩士・重玄の三男として尾張に生まれ、新規御知行の扱いで、駿河大納言徳川忠長(徳川家康の孫)の駿河藩に31歳で御書院番としてツカエます。忠長が自...