現地調査による展示室

一次史料を活用した展示室

名古屋-静岡事蹟調査旅行を計画しています

【1日目】札幌空港ー小牧空港・長久手古戦場記念館-春日井市勝川泊【2日目】小牧山歴史観・蓬左文庫-名古屋市泊【3日目】新幹線ー静岡・久能山東照宮参拝-静岡市泊【4日目】静岡市歴史博物館ー静岡空港ー千歳空港  この訪問により、越中木舟城を離れ...
一次史料を活用した展示室

調査研究の方法

一次史料読解→現地調査を基本とする館長・石黒隆一の調査研究方法 「石黒八右衛門家資料室」で基本とした「会津藩家世実紀」や城下絵図などの一次史料を調査し、現地を歩きながら先祖の事蹟を確認する私の調査研究方法は、ライフワーク的に取り組んできた「...
地図を利用した展示室

北海道時代

北海道時代の概要 十代虎雄が、明治40年(1907)26才の時に北海道庁に奉職するために移住してから、現在に至るまで3代にわたって、約120年住み続けています。越中木舟時代、会津藩時代に次いで、長い居住地になっています。 十代虎雄 明治十五...
一次史料を活用した展示室

加賀白瀬時代

出来事の概要 写真は石川県羽咋市「白瀬」。右の文書にある「白瀬」を訪問して、高台から海を見通し、市街と畑を写しました。「天正十九」(1591)、石黒善九郎と利家にどのようなことがあったかを考えます。 房勝の父木舟城主大炊助光教は一向一揆勢力...
一次史料を活用した展示室

斗南時代

斗南藩の概要 戊辰戦争に敗北し、藩主容保と嗣子喜徳は他藩永預、謹慎。降伏捕虜となった藩士は各地の収容所に送られました。石黒八右衛門家は会津美里町の左下り観音堂付近に護送されました。 しかし、明治二年(1869)容保公の実子容大公が誕生して名...
一次史料を活用した展示室

越中木舟城時代

越中木舟城時代の概要 石黒一族は、戦国時代末期・安土桃山時代に「越中木舟城主」として歴史記録に登場します。その場所は木舟城跡として地図上に登録されているので確認します。 木舟城跡は、越中国(富山県)西部穀倉地帯の米を小矢部川水運で伏木に運び...
一次史料を活用した展示室

七代洪範から八代範親

時代と一族の概要  文政6年(1823)に発刊された 会津藩家世実紀以後、幕末戊辰戦争敗北(1868年)までの45年間を概観します。 天保の大飢饉から天保の改革、黒船来航、日米和親条約、”尊王攘夷”が暴威を振るう激動の中、藩主容保の京都守護...
一次史料を活用した展示室

二代教隆から五代孝和

時代と一族の概要 寛文9年(1669 二代教隆が 19歳で 出仕してから、安永6年(1777)五代 十右衛門孝和が49歳で、死去するまでの308年間は、江戸幕府が成立した戦の無い平穏な時代でした。藩は財政難を倹約と殖産興業で克服していきます...
一次史料を活用した展示室

会津藩時代

会津藩時代の一族の概要 寛永20年(1643)会津若松に御所替になり会津藩が成立してから、明治1年(1868)戊辰戦争敗北・鶴ヶ城開城・廃藩まで、225年・八代にわたって、石黒家は会津藩士として生きてきました。役職の変遷や俸禄の増減・住まい...
一次史料を活用した展示室

初代 八右衛門範良

石黒八右衛門範良の生涯 尾張生れ-新規御知行-駿河藩書院番-浪人-会津藩 初代八右衛門範良は、尾張藩士・重玄の三男として尾張に生まれ、新規御知行の扱いで、駿河大納言徳川忠長(徳川家康の孫)の駿河藩に31歳で御書院番としてツカエます。忠長が自...