この時代の概観
加賀藩諸士系譜に、「善九郎房勝-天正九年(1581)高徳公奉千俵」とありました。
「領知方」は、そのことを証明する一次資料です。
赤線に
・白瀬村
・千俵
・天正十九
・利家印 の文字を見ることができます。
石黒八右衛門家の先祖電九郎房勝に関係する部分は次の通りです。

与えられた所領として記された白瀬村を地図で示します。


領知方に記された白瀬村は、現在の石川県羽咋市(旧名:加賀羽喰村)の一部で、能登半島の最狭部に当たり、富山県(越中)と境を接する位置にあります。


善九郎房勝
1560 永禄3 成綱 房勝22歳。父光教の指示により尾張へ避難。尾張石黒高重の猶子となり、重成と名乗る。
房勝43歳 高徳公(前田利家)俸。尾張にあるも、木舟石黒家嫡流の待遇。
1584 天正12 房勝 房勝46歳。小牧・長久手の戦で家康に従い、間道案内。旗立ての指揮、如意村勝川で軍功。
