会津藩諸士系譜

資料の概要
「会津藩は、文政六年(1823)現在、班席が独礼(単独で藩主に謁見出来る身分)以上の当主に保科・松平家に召し出されて以来の経緯を提出させ、藩士1085家の系譜の集大成となる「会津藩諸士系譜」を編纂しました。
各家は同一の系譜を二部作成し、一部を藩庁に提出し、一部を自家に保管しました。藩庁は、提出された系譜を藩庁文書、他家文書と照合の上真偽を判定して、いろは順に分類整理して『藩諸士系譜』として管理しました。内容は、本姓、本国、定紋、替紋、幕紋、母氏、妻室、生誕、養子、初見、班席、秩禄、職掌、卒去、享年、法号、葬所などを年月順に箇条書にしています。研究上の価値が高く評価され、会津藩の藩政運営や社会の実態を知るための一次史料として活用されています。

【左】会津藩諸士系譜・巻之三十一い之部三十一「石黒行蔵系譜」
【右】石黒家作成系譜二部の内、石黒家に伝来する控え
共に初代八右衛門範良の項(記載内容が一致することが確認できます)
家伝控えと会津藩諸士系譜
『自分の家の仏壇の中に「系譜」が残っている』ということを、小学校高学年のころから知っていました。「何が書いたあるか」知りたいという気持ちが、高校で書道部、大学で文学部という道筋に影響を与えたと思います。
さて、各家の系譜と藩公式系譜集の性格と価値について考えます。前者は、それぞれの家にとってかけがえのない歴史です。とはいえ、誤謬・省略・誇張が入り込む可能性を否定することができないために、歴史資料としての客観性・妥当性には限界が残ります。一方、後者の藩公式系譜集は、御式方(おしきがた)一柳新三郎を編纂の責任として、寛政2年(1790)頃から『会津藩家世実紀』編纂と並行して進められ、天保4年(1833年)にようやく全360巻の浄書・完成に至りました。着手から完成までに実に43年の歳月が費やされました。各家から提出された系譜を藩庁文書、他家文書と照合の上真偽を判定するという手順を踏んでいるため、歴史資料としての価値を有しています。
会津若松市デジタルアーカイブの「会津藩諸士系譜」


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「みんなで翻刻」は、地震や洪水など過去の自然災害を記録した資料を活字化して活用する目的で、2017年から国立歴史民俗博物館、東京大学地震研究所、京都大学古地震研究会が中心となって始まった共同プロジェクトです。発展的に歴史史料を活用する段階では、日本史学で蓄積された専門的知見が必要です。膨大な古文書史料の解読実績を持つ会津若松市立会津図書館は、館の利用者に呼びかけながらこのプロジェクトに積極的に参加しています。「歴史資料をみんなで読み解く」ことを目的とした「みんなで翻刻」プロジェクトに深く敬意を表し、「石黒八右衛門史料館」も可能な範囲で協力したいと考えています。
【会津藩諸士系譜】から分かること
・石黒家の系譜・役職・家督相続を確認する基本史料
・家伝控えとの照合によって記載内容の信頼性を検証できる
・会津藩時代の石黒家を研究する出発点となる史料
