

会津藩時代の一族の概要
寛永20年(1643)会津若松に御所替になり会津藩が成立してから、明治1年(1868)戊辰戦争敗北・鶴ヶ城開城・廃藩まで、225年・八代にわたって、石黒家は会津藩士として生きてきました。役職の変遷や俸禄の増減・住まいの移転はありますが、八代それぞれが会津藩士として誠実に生きた姿が記録に残っています。
明治以降、会津を離れることになってからも、祖先が藩校・日新館で身に付けた「什の掟」を守る家風が今に伝わっています。


鶴ヶ城と会津木綿 左:会津藩が検証編纂した会津藩諸士系譜。右:家に伝来した系譜



藩校・日新館 猪苗代湖 地域の知恵を味わうこづゆ
館長・石黒隆一家の仏壇には日焼けした筆文字の文書が残っていました。(写真上右)
それが、先祖の歴史を書き残した「系譜」であると、祖母から聞いたのは小学生の時でした。何が書いてあるか読みたい、知りたいという興味が高校時代の書道部、大学での文学部につながっていたように思います。先祖の事蹟を学ぶ機会を得えて、歴史が記録された史料を多様な角度から検証することを経験でき、社会科の教師・地域誌史の研究者としての基本的な姿勢を身に付けることができました。
会津を訪問した際にも、防護拠点としての鶴ヶ城・猪苗代湖の水利・会津料理こづゆの合理性を知り、会津藩諸士系譜や家世実紀に記された会津人の美徳を実感できました。
